特許権は知的財産権の一種で、発明を独占的に実施できる権利です。
しかし特許権には有効期間が設けられており、期限を過ぎると誰でも発明を利用できるようになります。
今回は特許の有効期間や延長手続き、権利を失効する事例をまとめました。
- 特許の有効期間と延長できる事例
- 延長登録の手続き方法
- 特許権を失効する事例と管理方法
- 特許を活かす戦略
特許を活かす戦略も紹介しているため、特許について知りたい人はぜひ参考にしてください。
特許は原則として出願した日から20年間有効である

発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもののことです。
特許法における発明は、大きく分けて以下の3つに分類されます。
- 物の発明(プログラム等を含む)
- 方法の発明
- 物を生産する方法の発明
身近な物では文房具や家具、スポーツ用品などが挙げられます。
特許権の有効期間は、特許法第67条第1項で存続期間と記載されています。
有効期間と存続期間は同じ意味を表しており、特許庁に書類を提出した日が出願日です。
特許権は出願日ではなく登録日から権利が発生する

特許権の有効期間は出願日から開始されますが、権利が発生するのは登録日からとなり、実際には20年間よりも短くなります。
登録日とは、特許庁の登録原簿に登録される設定登録が行われた日のことです。
出願後の審査で特許庁に認められると通知が送付され、特許料の納付によって設定登録が行われます。
有効期間の開始と権利が発生する時期が異なるため、取得に時間がかかるほど権利を行使できる期間が短くなります。
例えば特許の取得までに3年かかった場合、権利が保護される期間は17年間です。
査定から30日以内に3年分の特許料を納付すると登録が完了し、特許証が送付されます。
審査に一定期間以上かかった場合は延長制度を利用できる

権利が保護される期間を確保するため、審査に一定期間以上かかった場合は延長制度を利用できる場合があります。
申請できるのは、以下のうちいずれか遅い日が登録日である場合です。
- 出願した日から5年が経過した日
- 審査請求をしてから3年が経過した日
特許庁は審査期間の短縮に努めていますが、状況によって結果が通知されるまでの時間が長くなる場合があります。
2022年度の平均審査期間は、一次審査までが10.0ヶ月、取得までは14.7ヶ月です。
医薬品や農薬に関する分野は最大で5年間の延長を受けられる
医薬品や農薬など一部の分野は特例が認められており、最大で5年間の延長を受けられます。
医薬品や農薬は、安全性を確保する目的で、別の法律による許可や承認申請が必要なためです。
特許者であっても、医薬品医療機器等法や農薬取締法などに基づく許可や承認がない場合は、発明を使用した製造や販売ができません。
承認申請の際は臨床試験によって得られた資料を添付し、安全性や有効性を証明します。
臨床試験が行われている間は発明を実施できず、特許権者の不利益を避けるために延長制度が設けられました。
医薬品の開発には長い年月が必要となり、一般的に10年以上かかるといわれています。
さらに既存の医薬品を新たな用法や容量で販売する場合は、改めて医薬品医療機器法の承認申請が求められます。
特許の延長制度は存続期間を延長できる制度である

特許の延長制度は延長登録の申請によって存続期間を延長できる制度で、特許庁に出願して承認されると有効期間を延長できます。
手続きの基本的な流れは、以下のとおりです。
- 必要な書類を提出する
- 審査が行われる
- 登録が完了すると特許公報に記載される
特許法第67条第2項に基づく出願は願書への必要事項の記載により、添付資料を省略できます。
特許法第67条第2項と第4項に基づいて延長登録を行うと、出願日から20年間を過ぎても例外的に権利が保護されます。
特許公報とは、特許庁が刊行する刊行物のことです。
審査で認められた場合は特許公報に掲載され、J-PlatPatを使用すると無料で閲覧できます。
参照元:J-PlatPat(特許情報プラットフォーム) – 独立行政法人工業所有権情報・研修館
審査で延長申請が承認されるためにはいくつか条件がある
審査で延長申請が承認されるためにはいくつか条件があり、対象となる発明や出願の期限が決められています。
前述のとおり、対象となるのは以下のような発明です。
- 出願日から5年または審査請求から3年のいずれか遅い日に設定登録された発明
- 医薬品や農薬などに関する発明
発明が特許法第67条第2項と第4項のどちらに該当するかによって、申請できる期限が異なります。
審査に一定期間以上かかった発明は第2項に基づき、設定登録を行った日から3ヶ月以内が出願の期限です。
それに対して医薬品や農薬に関する発明は第4項に基づいており、処分を受けた日から3ヶ月以内が期限となります。
ここでいう処分とは、医薬品医療機器等法の承認または農薬取締法の登録のことです。
3ヶ月間では発明を実用化できていない可能性がありますが、早急な判断が求められます。
例外として、出願者に責められるべき理由や落ち度がないにもかかわらず出願できない場合は、理由がなくなってから14日以内であれば出願が可能です。
第4項に基づく延長で、存続期間が終了する6ヶ月の前日までに処分を受けられない場合は、その日まで出願できます。
拒絶理由にあてはまる出願は延長登録ができない
特許を受けられない理由を拒絶理由といい、1つでも拒絶理由がある出願は延長登録ができません。
拒絶理由の具体例には、以下が挙げられます。
- 特許権の設定の登録が基準日以後にされていない
- 延長を求める期間が延長可能期間を超えている
- 出願人が特許権者ではない
- 共同出願した特許で共有者が共同で延長登録の出願をしていない
- 発明の実施に医薬品医療機器等法などの処分が必要と認められていない
- 医薬品医療機器等法などの処分を受けていない
- 延長を求める期間が発明を実施できなかった期間を超えている
出願は特許権者のみが可能であり、共同で取得した特許は共有者と共同で手続きが必要です。
存続期間の期間内であっても特許権を失効してしまう場合がある

存続期間の期間内であっても、以下にあてはまる場合は特許権を失効してしまう恐れがあります。
- 特許年金を納付していない
- 無効審判による特許の取り消し
- 相続人がいない
- 特許権者による権利の放棄
- 独占禁止法に違反している

権利を失効した特許は、誰でも自由に使用が可能です。
他社が発明を使った製品やサービスを提供できるようになり、差し止めや損害賠償を請求する権利を失います。
特許権を失効した場合は特許原簿に記載され、権利に関する登録が登録原簿から閉鎖原簿へと移されます。
特許を活用していくためには、適切な管理による権利の維持が大切です。
権利を維持するには納付期限までに特許料の支払いが必要
権利を維持するには納付期限までに特許料の支払いが必要であり、支払わない場合は権利が消滅する恐れがあります。
特許料は権利を維持するために特許庁に支払う料金で、特許年金とも呼ばれています。
特許庁から特許権者への事前の連絡はないため、特許証に同封された納付期限の通知書を元に管理します。
納付期限を過ぎてしまった場合、6ヶ月以内であれば追納によって権利の維持が可能です。
しかし追納には割増特許料がかかり、通常の2倍の料金を支払う必要があります。
特許無効審判で権利無効と判断された場合は権利が消滅する
特許無効審判で権利無効と判断された場合は権利が消滅し、初めからなかったものとみなされます。
特許無効審判とは、特許庁に対して特許の取り消しを求める手続きのことです。
特許が無効である理由を示す証拠を提出し、審理が行われます。
特許は、特許権者を保護すると同時に、第三者の権利を制限する制度でもあります。
第三者の権利が侵害されるのを防ぐため、無効審判制度が設けられました。
無効審判には、特許無効審判と延長登録無効審判の2種類があります。
延長登録無効審判は、存続期間の延長登録を無効にするのが目的です。
どちらの無効審判も、特許権者と第三者の利害対決が背景となっています。
特許権者が死亡し公告期間内に相続人が現れない権利は失われる
特許法第76条では特許権者が死亡し、公告期間内に相続人の権利を主張する人がいない場合は権利が失われると定められています。
公告期間とは、一定の事項を広く知らせる期間のことです。
特許権者が死亡した特許権は相続の対象となり、相続人がいる場合は名義変更などの手続きを経て、権利を承継できます。
それに対して相続人がいない場合は、相続財産清算人が選出され、相続人の検索が行われます。
相続人検索の公告期間は、6ヶ月以上です。
公告期間を過ぎても相続人が見つからない場合は特許法第76条に基づき、権利が消滅します。
特許権が消滅するのは、発明の公開によって産業の発達に寄与するためです。
相続人がいない相続財産は原則として国に引き渡されますが、特許権は例外にあたります。
特許権者が自主的に放棄した場合も権利が消滅する
意図せず権利を失効する以外にも、特許権者が自主的に放棄した場合も権利が消滅します。
特許料は毎年支払う必要がありますが、特許権の放棄により特許料を節約できるため、利益が得られない発明は放棄するという選択もできます。
数多くの特許を取得している企業は維持費も膨大となり、定期的な見直しが大切です。
権利を放棄するには、特許庁に放棄による特許権抹消登録申請書を提出します。
他にも、特許権は特許料の未納付によっても失効されるため、手続きを行わずに期間が過ぎるのを待つ方法もあります。
ただし、質権や専用実施権等が設定されている場合は、利害関係者の承諾がなければ権利を放棄できません。
特許権を管理する具体的な方法は大きく分けて3つある

特許権を管理するには、以下のような方法があります。
- 知財管理システムを利用する
- 社内の管理体制を整える
- 特許事務所に依頼する
知財管理システムとは、企業が保有する知的財産を一元管理するシステムのことです。
期限の管理や情報のデータベース化が可能なため、社内業務の効率化を図れます。
特許管理は情報流出などのリスクを伴うため、重要となるのが社内の管理体制です。
会社によって組織体系は様々ですが、他部署から独立して知財部を設置する企業が増えています。
その他特許事務所へ依頼する方法もあり、特許事務所は特許の出願だけでなく、取得後の管理に関する依頼が可能です。
知的財産に関する業務には専門的な知識が必要とされ、多大な時間や労力を要します。
特許事務所に所属している弁理士は、国家資格を持つ知的財産に関する専門家です。
複雑な手続きを一任できるため、業務に関する負担を軽減できます。
企業の中には複数の特許を取得している会社もあり、戦略的な管理をしています。
企業が特許を管理するには特許ポートフォリオの構築が効果的
企業が特許を管理するには特許ポートフォリオの構築が効果的であり、多くの企業で取り入れられています。
複数の特許の取得により、1つの権利が無効になっても他の特許で補えます。
さらに特許ポートフォリオは、自社の発明に関する出願漏れを防ぐ効果があります。
権利を維持すべき特許のポイントは、以下のとおりです。
- 自社の製品や製造工程などに使用している
- 特許群を構成している
- 他社と許諾契約を結んでいる
- 収益性がある
- 技術的な価値が高い
- 将来的に自社または市場において活用が期待できる
上記に該当する項目がなく、将来的に活用する可能性が少ない場合は費用面から考えて放棄するという選択肢もあります。
特許料は毎年支払う必要があり、取得している特許が多いほどかかる費用が高くなります。
特許料の納付忘れは権利の失効につながるため、特許管理において特許料の納付忘れを防ぐのが大切です。
特許庁のサービスを利用すると特許料の納付忘れを防げる
特許庁は以下のサービスを提供しており、利用すると特許料の納付忘れを防げます。
- 包括納付制度
- 自動納付制度
- 支払期限通知
包括納付制度は、1年目から3年目までの特許料が予納台帳または指定銀行口座から引き落とされる制度です。
自動納付制度は、設定登録後の特許料が予納台帳または指定銀行口座から引き落とされます。
これらの制度は事前の申し出によって特許料が自動で引き落とされるため、納付忘れを防止できます。
支払期限通知は、納付期限がメールで通知されるサービスです。
通常は特許庁から期限を知らせる通知がなく、納付忘れが不安な場合に活用できます。
参照元:権利維持のための手続 – 特許庁
特許を最大限に活かす戦略は大きく分けて2種類ある

特許を最大限に活かす戦略は、大きく分けてクローズ戦略とオープン戦略の2種類があります。
クローズ戦略は自社の技術を独占し、市場での優位性を確保する戦略をいいます。
開発から販売に至るまでの工程を自社で行う場合が多く、大企業に適した戦略です。
業界別に見ると半導体や医薬品、飲食業の分野で多く用いられています。
市場に広く出回っている製品でも、自社が事業の中核を担う技術を持っていれば、他社との差別化を図れます。
他社との使用許諾契約の締結によって収入も見込めるため、経営資源を確保できるのも利点です。
ただしクローズ戦略には市場の拡大が鈍化する、管理費用が増えるなどの欠点もあります。
市場自体が小さければ優位性を確保したとしても、大きな利益は期待できないでしょう。
それに対してオープン戦略は自社の技術を他社に公開し、市場自体の拡大を目指す戦略です。
技術の普及が他社の市場参入へとつながり、製品が世間に普及するきっかけとなります。
自社の認知度が高まり、他社に技術を有償で提供する場合はライセンス料による収益化が可能です。
しかし他者との差別化が難しくなり、利益率の低下を招くという欠点もあります。
オープン戦略の代表的な例として、クロスライセンス契約が挙げられます。
クロスライセンス契約は費用の削減や競争力の強化につながる
クロスライセンス契約は費用の削減や競争力の強化につながるため、企業価値の向上が期待できます。
クロスライセンス契約とは、特許権の権利者同士がお互いの権利を利用できるようにライセンス契約を締結することです。
1つの製品に多数の特許技術が用いられており、その技術が複数の権利者に保護されている場合に効果を発揮します。
特許侵害訴訟を起こされるリスクを軽減し、他社の発明を無料または低額で利用できます。
複数の技術を応用した製品を製造できるため、開発の選択肢が広がるのも利点です。
ただしクロスライセンス契約によって自社の特許技術を独占できなくなり、市場におけるシェアが低下してしまう恐れもあります。
契約の締結時には、契約書に記載すべき項目と流動的に対応する項目を明確にしておくのが大切です。
続いて、実際にクロスライセンス契約を活用した企業の例を紹介します。
クロスライセンス契約を積極的に活用した企業の成功例を紹介
クロスライセンス契約を積極的に活用している企業の例として、セイコーエプソン株式会社が挙げられます。
セイコーエプソン株式会社はインクジェットプリンターやプロジェクター、産業用ロボットなどを製造している電気機器メーカーです。
中でもプロジェクターは世界第1位のシェアを誇っており、全世界における販売台数のうち51%を販売しています。
参照元:ビジュアルコミュニケーション事業 – セイコーエプソン株式会社
これまでに将来を先読みした特許を複数取得し、積極的にライセンス契約を他社に持ちかけています。
多くの企業がプロジェクター市場に参入した際は、既に構築していた特許ポートフォリオを活かし、参入企業とクロスライセンス契約を締結しました。
他社と共にプロジェクター市場を拡大し、ライセンス料の収入を得てコスト面で優位性を維持しています。
セイコーエプソン株式会社は自社の知的財産を積極的に活用し、将来的な課題に対する主体的な取り組みを方針としています。
大企業の知的財産を中小企業に公開する知財マッチングも話題
近年では大企業の知的財産を中小企業に公開する、川崎モデルと呼ばれる知財マッチングが話題となっています。
川崎モデルは神奈川県川崎市が行っている事業で、中小企業の支援と地域産業の活性化が目的です。
具体的には大企業と中小企業の交流の場を設け、大企業が保有する特許などの知的財産を中小企業に紹介します。
中小企業の製品開発や技術の高度化を支援しており、令和3年3月末時点までに27件の製品化を実現しています。
川崎モデルの特徴は企業間の交流だけでなく、知財マッチングからライセンス契約、事業化までを一貫して支援する点が特徴です。
中小企業は大企業の技術を利用して製品開発を行えるため、自社のみで開発するよりも高度な開発ができるようになります。
さらに大企業の知名度やライセンス契約を活かし、他者との差別化が可能です。
大企業にとっての利点はライセンス料の収入が挙げられますが、CSR(企業の社会的責任)としての側面もあります。
知財戦略には既に存在する特許技術や知財資産の活用も含まれており、他社が保有する技術の利用が有効です。
知財を持つ企業とのライセンス契約や提携により、開発の効率化や市場参入の迅速化が図れます。
特に競争が激しい分野では、企業の成長において他社の知財をどう活用するかが重要な役割を果たします。
2つの戦略を組み合わせたオープンクローズ戦略も有効である
自社の優位性や利益率を高めるには、2つの戦略を組み合わせたオープンクローズ戦略も有効です。
オープン領域で他社を巻き込みつつ、クローズ領域で優位性を確保して利益率を高められます。
オープンクローズ戦略を成功させるためのポイントは、以下の3つです。
- 自社技術の中で事業の中核となる技術を明確にする
- オープン領域とクローズ領域を正しく選択する
- 2つの領域につながりを持たせる
市場での優位性を保つためには、事業の中核となるコア技術を明確にしましょう。
コア技術として、まだ公開されていない新しい技術や特許の取得が可能な技術が選ぶ基準となります。
オープン領域は市場で用いられている技術や、コア技術以外の技術を選ぶのが一般的ですが、クローズ領域は自社のコア技術を選択します。
その他、オープン領域からクローズ領域には移行できないため、それぞれの技術をどちらの領域で利用するか慎重な検討が必要です。
利益を得るには、オープン領域の技術を活用するのにクローズ領域の技術を使うなど、2つの領域につながりを持たせるのも大切になります。
市場の動向も踏まえると、求められるのは自社の技術が欠かせなくなるような知財マネジメントです。
トヨタ自動車株式会社や三菱電機株式会社など、オープンクローズ戦略で成功した日本企業も多くあります。
特許の有効期間を活かすには適切な管理と戦略が大切である

特許には出願日から20年間の有効期間が定められており、有効期間を活かすには適切な管理と戦略が大切です。
例外として、審査に一定期間以上かかった発明と医薬品や農薬に関する発明は、有効期間を延長できます。
しかし、延長が認められた場合も特許料の未納や特許無効審判、自主的な放棄などによって権利は失効します。
特許の管理方法には知財管理システムの利用や社内体制の整備、特許事務所への依頼があります。
他にも、特許ポートフォリオの構築や特許庁のサービスを利用すると、管理に効果的です。
有効期間を活かす戦略にはクローズ戦略やオープン戦略、2つの戦略を組み合わせたオープンクローズ戦略が挙げられます。
今回の記事を参考に特許を適切に管理し、特許を活用して事業の成長に役立てましょう。
参考資料
特許法 – e-Gov法令検索
https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121